早朝会議革命~元気企業トリンプの「即断即決」経営
大久保 隆弘
日経BP社 2003-11-04
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どこの会社でも「会議は手短かに」が合い言葉になっています。「立ったまま会議」を推進する会社もあるくらいで、言わば「会議=必要悪」の構図が固まりつつあると言えます。
そんな中で、ドイツを本拠地とする婦人下着メーカーのトリンプ・インターナショナル・ジャパンは、毎朝1時間半の会議(MS会議)をやるようになってから16年連続増収増益という驚異的な業績をあげています。この本は、トリンプのMS会議の模様をライブ中継しながら、同社の会議革命の成功の秘密を解き明かしてくれます。
宮中御前会議
日本の会社に多い「宮中御前会議」。社長以下役員や幹部がずらっと並び、あらかじめ根回しされた「式次第」に従って粛々と議事が進行していく様子が目に浮かびますね。
その問題点のひとつは、トップ(社長をはじめとした役員)が司会を務めないこと。必然的に彼らはふんぞりかえった評論家と化します。そこから生まれるパターンはふたつ。ひとつは、トップが何も言わずただ黙って聞くパターン。もうひとつは、トップが率先してどんどん喋るパターン。積極性という観点からは後者が望ましいのでしょうが、必ずしもそうとばかりは言えません。と言うのも、評論家と化した彼らは、私的な興味関心に従って言いたいときに言いたいことを言いたいだけ喋るからです。時間配分も何もあったものではありません。
こうした会議の進行役を仰せつかった社員はたいへんです。議事進行や時間配分を気にしつつ、一方ではトップの発言をさえぎる訳にいかず、トップの意志に反することも言えないので、会議の進行をコントロールすることはもはや彼には不可能です。それでいて会議が予定の時間をオーバーしようものなら、こっぴどく叱られたりするんですね。
必然的に、会議の最優先事項は「つつがなく議事を進行させること」となります。何か実りある結論を得ることよりも、波乱なく、支障なく会議を終えること。そのためには、根回しや資料の準備に膨大な時間がかかろうとも問題にされません。ひとつの無駄な会議の背後には、それよりはるかに多くの無駄な時間が費やされているという訳です。また会議の場が、睡眠不足解消の場や内職の場と化していても問題ではありません。全体を見渡すトップの視点ではなく、上を見上げるサラリーマンの視点で会議運営が行われるのですから、必然的な結果と言えます。
MS会議
さて、トリンプのMS会議は吉越社長自らが取り仕切ります。社長の前にOHPが置かれ、社長自らが次々と資料を取り上げてはOHPの上に置いていきます(今時OHP?と思うかも知れませんが、後ほど説明するようにこれにはこれで意味があります)。案件ごとに責任者から進捗や事情を聞きながら会議がすすんでいきます。ひとつの案件に費やされる時間は5分もありません。1時間から1時間半の間にだいたい40件の案件が処理されると言います。
ひとつひとつの案件には、必ず期限が設定されます。ここに日本の会議が陥りがちなふたつめの問題点に対する回答があります。よくありますね。1時間や2時間(時には3時間)かけて意見交換はされるものの、何も決まらず継続審議になったり、責任者も期限も不明なままずるずるといつまでも懸案になっているような案件。トリンプの会議では、いつまでに何をしなければならなのかが必ず決められます。たいていの場合、その期限は1週間です。1週間後の同じ会議までに責任者は結論を報告しなければなりません。仮に1週間では結論を出せないような案件でも、じゃあいつまでに結論を出せるのかというスケジュールを1週間後に報告しなくてはなりません。
こうして、トップがフルコミットして、案件を俎上に乗せ、てきぱきと指示を下していくことによって、仕事が「進んでいく」のがトリンプの会議の姿です。朝10時に会議が終わると、出席していた40人の役員と社員はそれぞれの仕事場へ散っていく訳ですが、そのときには「いつまでに何をしなければならないか」を全員が明確に持っています。滅多にありませんよね。私たちの会社でこんな風に「仕事が進む」会議なんて。
つまり、会議を手短かにすませることによって生産性の「低下を防ごう」という消極的な対策ではなく、「会議の生産性をあげよう」というもう少し前向きな姿勢さえも超えて、そもそも会議とは「仕事の生産性をあげる」ためのものだというわけですね。よほど生産性の高いやり方だと思います(笑)。
会議は「生きた教育の場」
もはや会議の場では標準になったと言えるパワーポイントではなく、OHPがMS会議で使われるのにも意味があります。パワーポイントはプレゼンテーションとしての体裁の整った資料を作るのには向いていますが、それだけに作るのにも時間がかかるし、会議が体裁を取り繕ったプレゼンテーションの場と化してしまいます。部屋を暗くするので、眠くなってしまうという欠点もあります。会議を「仕事をすすめる」ための場と捉えるからこそ、MS会議において使われる資料は体裁よりもタイムリーであること、生の事実を伝えるものであることが求められるのです。
また、トリンプのMS会議を自ら推進する吉越社長の発想のユニークさは、会議を「生きた教育の場」と捉えるところにも表れています。
MS会議では厳しい言葉も飛びます。しかし吉越社長は決して専制君主ではありません。自ら冗談を言って場をなごませるのもまた彼なのです。彼のやり方は、単に担当者を叱責したり理不尽な注文をつけるのではなく、その豊富な経験や知識を駆使して、適切な示唆を投げかけ、担当者に考えさせることです。実例を通して、それを解決するプロセスを通して、仕事のやり方を学ばせていくわけです。しかも会議に出席している全員がそれを共有します。
トリンプのMS会議の方法論は、もちろん吉越社長のカリスマ性やその経験・スキルに負うところも大きいかもしれません。しかし、そうであるにしてもそこには学ぶべき要素がたくさんあると思います(期限を持って仕事をさせる、会議は生きた教育である...)。何よりそれが紙に書かれた方法論ではなく、成長しつづけている会社の実践の姿であるところに説得力があるのではないでしょうか。